島村英紀『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』 (講談社文庫)への読者の反響と新聞の書評
(時間の逆順になっています。古いものほど、下にあります)
(また頁末に、紹介してくださった新聞の書評など
と、ブログなどのリストを載せています。ブログは時間順です )

2013.2.20 「この事件は、検察側・弁護側の主張が全く同じで、詐欺か否かの判断だけが異なるという異常な事件であった。主張が同じということは、詐欺事実が認められないのに有罪とされた訳であり、彼が裁判所に失望したのも頷ける」

(前略) 数年前、私の友人の島村英紀が、国から詐欺罪で訴えられ、有罪となり、彼は裁判のバカらしさにあきれて控訴を断念し、そのまま有罪が確定した。この事件は、検察側・弁護側の主張が全く同じで、詐欺か否かの判断だけが異なるという異常な事件であった。主張が同じということは、詐欺事実が認められないのに有罪とされた訳であり、彼が裁判所に失望したのも頷ける。

植草一秀氏の痴漢事件もどうやらでっちあげらしいし、厚生省の村木局長事件は完全なでっちあげが裁判所によって認定された。気骨のある裁判官もまれには存在するが、このような裁判官は間違っても最高裁判事にはなれない。福島県の佐藤栄佐久前知事は、収賄事件で逮捕されたが、これもどうやら同知事が福島県内の原発再稼動に難色を示していたためと思われる。小沢一郎氏の収賄事件も、職務権限もない野党幹事長であった同氏に対するものであるから、仮に黒(私は多分黒だと思ってはいるが)だとしても微罪であり、秘書逮捕などというのはとんでもない話である。小沢氏が「政治的逮捕」と発言したのももっともである。

(中略) まさに事件の解明は、警察・検察の意のままであり、裁判所も出世を諦めた気骨ある裁判官に当たらない限り、ほぼ検察官の求刑に近い判決となってしまう。そればかりか、なんでもない普通人を何時でも望みの罪名で起訴できるという体制になってしまっている。自由競争というのは、弱肉強食であるから、経済的強者が経済的弱者から搾取するのが政治であり、法的強者が法的弱者を虐げ場合によっては命まで無視するのが、警察・検察ファッショなのであろう。恐ろしい!


そのブログは


2012.7.10 「この国の司法の現実にぞっとする。罪を犯さないことが重要じゃない。警察に捕まらないことが重要」

(前略)だが、著者はめげない。科学者らしく、自分の身に降りかかった理不尽な事件を冷静に分析している。

友人はおろか家族とも連絡が取れない中での唯一の楽しみだからであろうか、食事に何が出たか、かなり詳しく記録にとっているし、豪華だったときのうれしさは素直に伝わってくる。

驚いたのは、ほぼ監禁されているにも関わらず、そのダメージが少ないように見えるところ。研究で長く船上生活を送った経験が役立ったのだろうか。私だったら、自由がない、本もない、誰とも話もできない、で犯罪を認めろと言われ続けたら心が折れそうだ。

結局、著者は171日に及ぶ拘禁をなんとかやり過ごし、そして裁判で敗北する。詐欺に遭ったと思う人も居ない、不適切な金のやり取りはない、金の私費への流用はない。どうしてそれで有罪にできるのか。この国の裁判官は検察の方しか見ていないという現実がある。著者が指摘する通り、判決は勿論、起訴に至るまでの流れはほぼ検察の狙い通りになる。濫用される法、被疑者を尊重しない司法。

この国の司法の現実にぞっとする。罪を犯さないことが重要じゃない。警察に捕まらないことが重要。捕まれば、罪人に貶められる。そんな悪夢のレールから逃れられる人は少ない。著者はその稀有な例外であろう。その強さを見習いたいものだ。

そのブログは


2012.1.に追加 「誰も思いつかない発想で知的世界を切り拓こうとする研究者ほど、日本で研究することは危険ということになる」ある研究者のブログから)

島村英紀 著「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか 」を読了。海底地震学の研究者で元北大教授, 元国立極地研究所所長の著者が2006年2月1日に家宅捜索→任意同行→逮捕されて以来、171日に亘って札幌拘置所に拘置され、執行猶予付き有罪判決を受けるまでの精緻な記録文だ。表題の「なぜ逮捕され」の部分つまり事件の真相についてはほとんど触れておらず、著者のホームページを 参照するよう但し書きがある。

本書は「そこで何を見たか」に紙幅を割いている。容疑者/被疑者としての著者が見た拘置所での生活…食事は健康的で悪くない、3畳の独房も調査船のキャビンに比べれば揺れずエンジン音もしないだけまし、希少な社会との窓であるNHKラジオが低俗に走る空虚、「運動」の時間に見る空の青さ…。不自由な拘置所生活を客観的かつ精緻に記録し、「こんな経験はめったにできないから楽しんでやろう」と前向きに捉える著者の精神力の強さに圧倒される。研究者として解脱の域に達していると言えよう。

著者が逮捕された罪状は北海道大学から告発された「詐欺罪」。著者が北大教授だったときにノルウェーのベルゲン大学と共同研究した際の研究費が著者の口座に振り込まれたことで、北大が著者を「業務上横領」で告訴 したことが事件の発端だ。著書によると、北大が外国から研究費を外貨で受け取る窓口がなかったため、事務から個人の口座で受け取るよう指示されたとのこと。検察は私的流用の証拠を見つけられなかったためか罪状を詐欺罪に変更して立件。裁判の中で、ベルゲン大学の共同研究者が「詐欺に遭ったとは思っていない」と証言しているにもかかわらず、判決は有罪。誰も被害者のいない「犯罪」で有罪になる理不尽さと、筆者の淡泊な筆致と強いコントラストを成して深く印象に残った。

大学に所属する研究者として、これはとても他人事ではない。大学の経理に関する規則は文部科学省の省令に定められており、研究方法の進展に対応しきれていない。「国際化」を謳いながら、外国の研究機関から研究費を受け取ることができない上記の例にも見て取れるし、観測装置を外国に持っていって共同研究するときの手続きの煩雑さは身をもって経験している。規則に何も定められていないことを研究者が自腹やリスクを背負う必要も間々ある。このような場合、規則に定めのない処理をすることが問題とされるのだ。

誰も思いつかない発想で知的世界を切り拓こうとする研究者ほど、日本で研究することは危険ということになる。本書は表向きそのような主張はしないが、著者のように立派な研究をしていても逮捕される事実を見て、怖くなった。


2012.1.5 「これは記録文学として、もしかすると、先生の地震学研究よりも残るかも」

ご高著『なぜ逮捕され』を拝読して、さすが元東大新聞で(また、東大新聞研究所で)ジャーナリズム研究の実績をもつ自然科学者と、その押さえた説得的記述に感動しました。

これは記録文学として、もしかすると、先生の地震学研究よりも残り、「あの獄中記を書いた地震学者」が先生のトレードマークになりますね。(笑い)


2011.11.11 「約半年も検事や判事にいじめられて、それでも仕事だからと優しく接する先生の態度にほとほと感服いたしました」
 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』を拝読したしました。約半年も検事や判事にいじめられて、それでも仕事だからと優しく接する先生の態度にほとほと感服いたしました。とても並にはできないことです。

 先生のHPにまぐれ込みまして上記のドゴール空港のうさぎ一家の話を読みました。優れた童話を読むおもむきです。

 空撮写真もすばらしい、自動車の歴史のシトロエン2CV の話など、とても興味があります。これから時間をかけて拝見させていただきます。

 ご活躍を僭越ながら期待いたします。


2010.12.28 「本を日本で買ってきたので、それをお貸ししたところ、何度も泣いたというほどに感動されたそう です」

 いま、妻が当地で一番親しくしているNさんが我が家に遊びに来ています。

  この前の訪日時に『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』の本を日本で買ってきたので、それをお貸ししたところ、何度も泣いたというほどに感動されたそう です。

 今日も、日本の検察の不祥事が明らかにされた今ならば、絶対に無罪だったでしょうに、残念だった、などと話し合いました。


2010.11.4 「少し調べてみたが、この事件はやはり不当逮捕だと思う。検察の論法や手法には疑問」 (twitterのブログ

 島村英紀著『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』読了。少し調べてみたが、この事件はやはり不当逮捕だと思う。検察の論法や手法には疑問。内容的には「なぜ逮捕され」ではなく「どう逮捕され」の方が適当か。やっぱり会計処理や備品管理は、面倒でも慎重に適正にやっておくべきだなあと思った。


2010.10.27 「札幌地検といえば、最近も北教組、小林千代美関連で暴れまくっていたが、その芽はあの当時から出ていた」 (ある人のtwitterのブログを私の友人・川戸康暢がつなぎ合わせてくれました。twitterは140字までという制約があるので、つなぐ必要があるのです)

 「午前中、図書館に行き地震学者島村英紀の本を数冊借りてくる。最近、検察の横暴さが暴露されつつあるが島村英紀が北大と札幌地検の餌食になった大冤罪事件の 検証も今一度必要なのではないか。札幌地検といえば、最近も北教組、小林千代美関連で暴れまくっていたがその芽はあの当時から出ていた。

参考までに申し添えておくと、島村英紀冤罪事件の担当検事だった志村康之は、その後東京地検に転属された。まさかこの事件を手柄にして栄転したとは思いたくないが。因みにその後預金保険機構に出向し、今年の4月には長野地検に転属となっている。

島村は北大から詐欺罪で告発され札幌地検に逮捕、起訴された。しかし、この詐欺の被害者とされたノルウェーの大学の代表者が法廷で詐欺にはあっていないと証言し、更に研究費の私的流用も検察側は一切立証できなかったにもかかわらず、判決は懲役3年、執行猶予4年となった。

判 決後島村は控訴しなかった。それは控訴してもムダであり危険だと判断したから。当時札幌高裁には有罪を乱発するので有名な裁判官がいてこの事件をその裁判 官が担当する可能性が高い事が分かった。その裁判官の傾向として控訴したら無罪どころか執行猶予を外されるだとうと判断、控訴を断念した。

地検の暴走と裁判所の職務放棄は今に始まった話ではなく、そしてこの事は誰にでも起きることだと肝に銘じたい。この世の中、社会的リソースを持ちあわせていない人が大半であり、誰しもが弘中惇一郎に弁護を依頼できるわけではないのだから」


2010.2.20 「本当に面白かった。取調べの可視化がとても必要だと感じました」

 この本。本当に面白かった。取調べの可視化がとても必要だと感じました。島村さんのように強くて、ユーモアのセンスのある人ばかりではないですから。


2008.8.26 「先生のご著書を読みつつ、権力と一体となったメディアの情けなさを改めて痛感することになりました」

 突然にメールを差し上げる非礼を御容赦ください。私はX新聞の記者で、XXと申します。現在はXX駐在記者として仕事をしております。 当地において、過日、「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか」を読みました。

 私はこの取材・報道には全く関わっていませんが、報道を見ながら、実におかしな事件だ、と強く思っていたからです。

 日本から取り寄せた御著書を読みながら、そして、後段の部分で得心もしました。

 先生のご著書を読みつつ、権力と一体となったメディアの情けなさを改めて痛感することになりました。

 いずれにしても、帰国した折には、ぜひ一度、お目にかかり、種々のご教授を頂ければ、と思った次第です。


2008.8.7 「島村先生の講義を聴いたことがある私としては、大変興味ある本でした。今後も応援します」

 島村先生の講義を聴いたことがある私としては、大変興味ある本でした。今後も応援します。


2008.6.27 「ある席で拘置所の所長さんと一緒になりましたので、ぜひ読むように推薦しておきました。所長さんには拘置所内の実態はあまり耳に入らないそうで、処遇改善のことを考える参考にしたい、とのことでした」

 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫)を楽しく(←すみません)拝読しました。特に私の勤務先である気象庁のことは興味深く、気象庁の観測船の食事のことを書いた3箇所(55,123,140頁)と、入浴のことを書いた1箇所(190頁)を抜き書きして某氏に送ったところ、大笑いでした。それで、 ●●や本庁の海洋関係者にも広く転送されたようです。

 なお、入浴風景は現在でもほとんど同じだそうです。さすがに女性が乗ってきたときは違うでしょうが。

 なお、この前ある席で、●●拘置所の所長さんと一緒になりましたので、ぜひ読むように推薦しておきました。所長さんには拘置所内の実態はあまり耳に入らないそうで、処遇改善のことを考える参考にしたい、とのことでした。


2008.6.22 「逮捕歴がなく、その心構えもなかった著者の冷静さには驚くばかりだ。著者は見るもの聞くものを、自らの感想や考察も含めて書き綴っている。「勇気とは、窮しても品位を失わないこと」というヘミングウェイの名句がぴったりだ」

 ある獄中記に心を動かされた。札幌拘置支所の独房に171日間拘束された地震学者で元北海道大学教授の島村英紀さんの著書『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫)である。

 私は札幌在勤の1980年代に島村さんと行き会い、その後もお付き合いしている。著者が巻き込まれた研究費流用事件そのものは取材対象ではなかったが、この著作に教えられたものは、マスメディアへの批判を含め、大きい。なお事件の経過と著者の主張は氏名で検索すればネット上で読むことが出来る。

 記録は逮捕当日、つまり拘置支所に入った初日から詳細に綴られている。逮捕歴がなく、その心構えもなかった著者の冷静さには驚くばかりだ。同じ境遇に立たされたら、私は屈辱と絶望で記録どころではあるまい。ところが著者は見るもの聞くものを、自らの感想や考察も含めて書き綴っている。「勇気とは、窮しても品位を失わないこと」(Courage is grace under pressure) というヘミングウェイの名句がぴったりだ。

 例えば、独房の扉と壁にはめ殺してある窓の位置や大きさ、廊下側からしか開閉できない食器孔。短縮したラジオ体操の音楽。食事は臭い飯どころか、健康に良さそうと読み取れる献立。ある日の夕食に出たサケは「20×5×5センチメートルもある。脂ものって、塩味も適当」と具体的だ。獄中生活の記録を残さなければならないという強い意思を感じる。そのために記憶を研ぎ澄ませたことだろうし、いつか公表しようと記録を取り続けたに違いない。

 取り調べに当たった検事は実名で登場する。その検事から「メモを取るな」と怒鳴られる場面がある。著者にとって身の潔白を証明するために記録は欠かせない。「それは規則なのか」と問いただして、「いや、これは私からのお願いだ」と調べのプロから譲歩を引き出す。密室でのやりとりが目に見える。理不尽な逮捕・拘束に対して心中穏やかでなかったと予想するが、感情的な表現を抑えているだけに、臨場感が高まる。これは優れた獄中ルポだ。

 札幌地裁は昨年1月、詐欺罪で執行猶予つき有罪判決を言い渡した。不本意な判決なのに、控訴を断念したのはなぜか。私は疑問だった。でも本書が教えてくれた。著者は地震予知の研究体制にまつわる闇を公然と批判してきた。それ故に発言権と学者生命を奪われたのではないか。巻末でそう臭わせている。傍証らしき出来事も挙げている。

 その上で、「私は思っていたよりもずっと大きなものの尻尾を踏んでしまったのではないか」と振り返っている。相手が「国策」なら、必ずや有罪に持ち込もうとするはずだ。だから、控訴すれば大切な時間が更に費やされる。それよりも「限られた私の人生を(略)本来やりたいことに捧げよう」という著者の判断に納得した。(田中洋一)


2008.5.21 「冷静に被疑者・被告人の体験を記録され、とりわけ、科学者の視点で検討されていることで、たいへん貴重であり、今後の刑事司法の改革に向けても重要な役割を果たされることとなると思います」

 ご著作を拝読させていただきました弁護士です。長文失礼いたします。
 冷静に被疑者・被告人の体験を記録され、とりわけ、科学者の視点で検討されていることで、たいへん貴重であり、今後の刑事司法の改革に向けても重要な役割を果たされることとなると思います。

 ホームページを拝見して、間違いの指摘を受け付ける、とのことなので、いくつか誤りと思われるところをお知らせします。
(と、詳細な指摘をいただきました)。

 このほか、裁判員制度に向けて、各種世論の後押しもあり、保釈率の向上も少しずつ見られているところです。裁判官による論文も発表されています。

身体拘束については、日弁連もかねてから取り組んできたものですが、なかなか思うにまかせず却って事態が悪化したため、特に最近は裁判員制度を契機に強力に運動をすすめているところです。 次の意見書などを発表していますので、よろしければごらんになってみてください。
「勾留・保釈制度に関する意見書」2007年9月14日
「勾留・保釈制度改革に関する緊急提言」2007年9月14日
「勾留・保釈制度改革に関する意見書」(2007年9月14日)は中長期的な改革の目標をも含むものですが、意見書において提起した目標の内のいくつかについては、可視化の実現とともに、裁判員制度が実施される2009年までに実現される必要があり、より短期的に、2009年の裁判員制度実施までに実現されるべき課題を抽出し、提起するのが「勾留・保釈制度改革に関する緊急提言」です。


2008.4.20 「警察担当の記者としても、とても勉強になりました。日本の刑事制度の一番まずいところが出たのが島村さんのご体験だったのかなと考えています」

 警察担当の記者としても、とても勉強になりました。 刑事訴訟法は学部その他でかじったことがあったのですが、それが実際どのように運用されているかについて初めて知ることも多かったです。

 拝読していて、日本の刑事制度全体が「起訴率は低いが起訴すれば99.9%有罪」という特徴を持った一つの大きなシステムなのだということを実感しました。

 有罪率99.9%なんだから罪人扱いしてよい。むしろそうして人権を制約している以上、無罪にするわけにはいかない。そういうあり方の日本の刑事制度の一番まずいところが出たのが島村さんのご体験だったのかなと考えています。

 これからまさにこうした問題を扱っていく身として、ご著書の中にあった報道のあり方へのご意見を胸に、努力していきたいと思っています。


2008.3.3 「北大をしてこのような行動を起こさせた張本人は、いったい誰なのでしょうか。その点は不明のままです。おそらく貴兄は、そのことはおわかりになっているのでしょう。そして、そのことに本書で深く立ち入らなかったことは正しかったと思います」
 貴兄が北海道大学から告訴されたとき、私ははめられたな、と思いました。その後、貴兄のホームページを見たり、ご本を読んだりして、その想像はあたっていたと思いました。
 ご本を読んで、よくここまで書かれたなということに感心しました。大学教授のプライドを一気に傷つけ、精神的なダメージを加えようとした相手に対して、自己をも含め、すべてを客観視し、記録した態度には、ただただ敬服するばかりです。ほぼ半年間におよぶ拘置所の独房生活に耐え抜いた強靱な精神と、それを支えた体力には驚き入りました。

 地裁の判決を受け入れた理由も、より明確にわかりました。
 今回の場合、告訴したのが北海道大学という国立大学であるということが世間的には貴兄をたいへん不利にしたかと思います。一般には、国立大学という学問の府が訴えるには、よほどのことがあると考えられるからです。
 ところで、北大をしてこのような行動を起こさせた張本人は、いったい誰なのでしょうか。『National Geographic』に関連して少々触れておられますが、その点は不明のままです。おそらく貴兄は、そのことはおわかりになっているのでしょう。そして、そのことに本書で深く立ち入らなかったことは正しかったと思います。しかし、それを考えると、私は深い憤りを憶えます。

 政界、官界、財界、学界、その他人間の社会において、人間の持つ汚い性に準拠して平然として悪をはたらく人間がいくらもいます。彼らには民衆のためとか、人類のためとか、真理のためという気持ちはまったくありません。そして多くの一般人が、当座、その動きに流されやすいことも事実です。

 しかし、ガリレオ・ガリレイをまつまでもなく、真理は必ず勝ちます。貴兄がこれまでになさってきた研究は立派なことですし、それが正しく評価される時は、必ず来ます。
 その意味でも、本書を著されたことはたいへんによかったと思います。
 今後も、ご自分の道を着実にお進みください。ただ、若くはないのですから、健康には十分にご留意ください。


2008.3.1 「文章の端々から権力の横暴にたえ、明日を生きようとする聡明さと、やさしい人間性がにじんでみえてきました」
 島村さんのご本読みました。
 この本を読むまで、まさか でっちあげられた詐欺罪で、独房に入れられていたとは、想像もしていませんでした。
 しかも接見禁止とは、ひどいですね。恐ろしいですね。

 171日間に及ぶ拘留のなかで、屈辱に耐えよく戦ってこられたと頭が下がりました。
 文章の端々から権力の横暴にたえ、明日を生きようとする聡明さと、やさしい人間性がにじんでみえてきました。
 すごい人だと感心しました。どんなに悔しい思いをしたことでしょう。本当によく正常で生き抜いてくださったと思いました。
 権力の恐ろしさをまざまざと思い知らされました。

 私も何冊か購入して知人に読んでもらおうと思います。


2008.2.19 「静かな闘志と、声が低いにも関わらずしっかりと伝わってくる怒りに心を動かされました。声高に攻撃したり主張する傾向の多い今、卑怯な事はするな、と教えられもし、守りたい大事な訓戒です」
 島村先生の静かな闘志と、声が低いにも関わらずしっかりと伝わってくる怒りに心を動かされました。
 声高に攻撃したり主張する傾向の多い今、むしろ新鮮な思いがしました。卑怯な事はするな、と教えられもし、守りたい大事な訓戒です。

 島村先生を起訴した検察官や裁いた裁判官は、卑怯だなと思いましたし、実はこれは本当に怖い事だ、と考えております。司法が形骸化し、真実から遠い判決が平気で下され、又それが前例として踏襲されて積み重なっていく事を想像した時に、わたしの中に、じつに他人事ではない、恐怖心が湧いてきます。

 静かなそして、知恵に満ちた闘いを期待しております。針の穴にらくだを通す方がまだ、やさしいのではないか、と思われるような闘いかも知れませんが、不思議と、希望が沸いてくる思いがしました。
 良い本を有難う御座いました。


2008.1.25 「魔物のような”どうにもならない”ことに時間を掛けるより”どうにかなる”希望のあるほうに力を注いで頂けることに感謝致します」
 私、XXに在住しておりますXXと申します。先生のあの御本「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか」を拝読させて頂きました。
  日々、平々凡々な生活にどっぷり浸かっているような私には刺激的な内容の御本でした。「裁判」や「被告人」等という言葉のもつ意味を、身を持って教えて頂いたように思います。

  不条理な拘束のなかでも、状況を受け入れ、常にプラス思考で物事を捉えておられるところに、深い感銘を受けました。
  何と言えばよいのでしょうか・・・、背筋がピンと伸び、思考回路が正常化された感じです。 

  魔物のような「どうにもならない」ことに時間を掛けるより「どうにかなる」希望のあるほうに力を注いで頂ける事に感謝致します。直接、又間接的に多くの命と関わっている地震です。どうぞ、私達のため、この地球上に住む全ての命のため、これからも宜しくお願い申し上げます。ご多忙中と拝察致しますが、お体ご自愛くださいませ。


2008.1.13 「被逮捕予備軍(全国民!)必読、必携だ。ここまで拘置所での生活を実証的・詳細に明らかにした本は無いだろう」
 実に面白い!3時間、230円のコーヒーで粘り、頭から安部譲二まで、一気に読みました。読後感。
  (1)これは被逮捕予備軍(全国民!)必読、必携だ。ここまで拘置所での生活(?)を実証的・詳細に明らかにした本は無いだろう。
  (2)最初はやや退屈(私がXX県警取材4年、東京の検察取材5年のいわゆる事件記者上がり、のせいもある)なところも有るが、拘置所内の食事内容の詳細な記録あたりから、俄然快調になってくる。
  (3)作家に対するコメントには感心した。あなたは文系にも強い教養人、真のインテリだね。
  (4)NHK批判はおっしゃるとおりです。
  (5)初公判のときの、北海道大学職員が駆け寄って激励してくれたくだりでは、思わず涙が出た。
  (6)安部譲二の解説は実に良いが、最初の2ページは要らないね。
  (7)よく出来た本だ、と十分認めたうえで、いくらか注文をつけると、もう少し事件そのものの解説が要るのではないか。タイトルの、 私はなぜ逮捕され、の答えになっていないからである。不当逮捕だから、なぜ逮捕、が不明なのは当然にしても、不当逮捕であるゆえんを読者にわからせる必要(そしてそれがこの本の目的だったのではないか)がある。
  おそらく、この辺についてはあなたと編集者が激論を戦わせたことと想像しますが。


2008.1.9 「巧まざるユーモアのにじみ出る、詳細な「観察記録」を読むうちに、読者は裁判の判決に疑問を抱かざるをえなくなるでしょう」
 どんな状況でも、冷静、沈着にすべてを観察する余裕のある精神力に驚き、感服いたしました。(よく考えれば無罪なのだから、何処に出てもオドオドすることはないのですが、「警察」「逮捕」「裁判」などという非日常的な場面では一般人は萎縮して、あるいは頭が真っ白になって何も見えなくなってしまうでしょう。)

 無実を声高に訴えるのではなく、終わりの方で裁判の内容に簡単に触れるだけなのに、巧まざるユーモアのにじみ出る、詳細な「観察記録」を読むうちに、読者は裁判の判決に疑問を抱かざるをえなくなるでしょう。この本がより多くの人に読まれるといいですね。


2008.1.3 「世間の上滑りの反応など、お気にとめる必要はすこしもないと存じます。悠々と、御自身の道を歩まれるお姿に、心動かされ、励まされる方々が多いと確信しております」
 文庫、拝読させていただきました。
 逆境にあって、冷徹な目でご自身と周囲を観察しておられる姿勢に、強く心を動かされました。

 いろいろ反論、批判なさりたいことが多々おありかと存じますが、世間の上滑りの反応など、お気にとめる必要はすこしもないと存じます。悠々と、御自身の道を歩まれるお姿に、心動かされ、励まされる方々が多いと確信しております。今後とも、日本の学界の偏狭な体質にひるむことなく、研究研鑽を重ねてくださいますよう、お祈りします。 


2008.1.2 「これからは科学者として、またジャーナリストとして活躍されることを期待しております」
 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』を読ませていただきました。
 独房の中でも冷静さを失わず、よくあれだけのものをまとめたものだと、感動いたしました。
 
これからは科学者として、またジャーナリストとして活躍されることを期待しております。  


2007.12.24 「理不尽な起訴にもかかわらず、科学者の冷徹な眼での観察、不撓不屈の心身のご様子に感銘いたしました」
 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』、拝読しました。
 理不尽な起訴でのご苦労、お察しいたします。
 それにもかかわらず、科学者の冷徹な眼での観察、不撓不屈の心身のご様子に感銘いたしました。  


2007.12.21 「とにかく、文章がいい。昔読んだラムのエッセイを思い出した。書き手の素晴らしい人間性が自然に伝わって来る」
 御新著『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』、一字残らず拝読、感服しました。
 とにかく、文章がいい。昔読んだラムのエッセイを思い出した。
 書き手の素晴らしい人間性が自然に伝わって来る。

 次々に本を出して下さい。北大だの札幌地検だの、そんなバカな連中はどうでもいい。
 今後エッセイストとして活躍されることを期待します。 


2007.12.21 「この「事件」では、あたかも中世の宗教裁判のように、神が定めたものに反することを以て罪としている。この思考のシステムはガリレオ・ガリレイなどの裁判に限りなく近いと思われます」
 法律論として面白いと思ったのは、検察側がベルゲン大学を被害者に仕立て上げたところ、ベルゲン大学は「被害者だとは思っていない」というのに、にもかかわらず島村さんを加害者にしてしまうところです。

 私は犯罪(=なんらかの権利侵害)という問題は、被害の事実が認識されたところに始まると思っているのですが、この「事件」では、あたかも中世の宗教裁判のように、神が定めたものに反することを以て罪としている、ただ、近代の法廷には神を持ち出せないものですから、刑法というものが神の代役を演じているということです。この思考のシステムはガリレオ・ガリレイなどの裁判に限りなく近いと思われます。

 日本の刑法は、まだ市民のレベルの成長していません。


2007.12.18 「考えれば考えるほど理不尽で、とんでもない話というほかはありません。平賀源内にならないで済んだのがせめてものこと」
 ご本はテンポ良く引き込まれて読みました。
 しかし、考えれば考えるほど、理不尽でとんでもない話というほかはありません。
 平賀源内にならないで済んだのがせめてものこと。
 当分は、目一杯お好きなものを召し上がって、ストレスを取り去って下さい。 


2007.12.6 「”へこたれない””ひがまない””ためしにちょっと前に進んでみる”、そんな言葉が浮かんできて、人生いつだってそうすればいいんだ、 と励まされたように思いました」
 本を読み終えて、「へこたれない」 「ひがまない」 「ためしにちょっと前に進んでみる」
 そんな言葉が浮かんできて、人生いつだってそうすればいいんだ。
  と、励まされたように思いました。

 どんな状況でも、ということはとても難しいのでしょうけれど、先生はやってのけられた。
 無事生還なさったのですね。強靭な心のままで。
 おめでとうございます。

 こんなことに使われたエネルギーは、先生の場合もったいない気がしますけれど、この本が、注がれたエネルギーを無駄にしない方法だったのですね。
 強く、静かで、明るくて、決して状況に毒されなかった。よかったなぁとしみじみ思います。

 細部で印象深かったのは、かぼちゃの飯。そんな風習があったのですね。
 虔十の喜び、深い喜びですね。宇宙につながってゆけるような。
 大切な喜び。

 よい本に出合わせていただきました。

 研究活動も、教育活動も、先生のエネルギーがこれからも充分発揮されて、周りの人たちに行き渡ってゆきますよう、お祈りいたします。


2007.11.28 (ある編集者から)「かなり濃い内容でしたが、刺激的な内容だと思います。裏側の構図がかいまみれて勉強になります」
 文庫本、なかなか迫力あるドキュメントでした。アマゾンにもレビューが出ていましたけど、同じような感想です。
 最後のほう出てましたけど、形容詞が多い文面は内容がない、というお話はたしかに・・・うなづけました。
 かなり濃い内容でしたが、刺激的な内容だと思います。
 裏側の構図がかいまみれて勉強になります。
 本に書かれていた食事のメニューは、なかなか圧巻でした。食してみたいと思えるものもありました。
 
  話は全然別なのですけど、先生、xxxxについての本って、お書きになられませんか。xxxxからの視点で、問題を洗い出していくと面白いものができそうな気がしています。
 ご検討いただけましたら幸いです。


2007.11.11 「起訴か不起訴かが決まれば、実質的な捜査は終了したはずで、「証拠隠滅の恐れ」という理由で保釈請求を却下するのは、筋が通りません。裁判所が全く機能していないではないですか」
 今回の事件は、貴兄を拘置所と言う閉鎖的空間に171日も強制収容し、さらに島村さんの貴重な研究時間を浪費させたばかりでなく、実質的には研究現場への復帰も困難にせしめ、大変同情すると同時に、官憲に対する憤りを禁じ得ません。もしかして、我々の知らない間に、日本はファシズム的体質に戻ったのではないか、という空恐ろしさを感じました。

 いちばん驚いた事。起訴か不起訴が決まるまでの最長21日間が過ぎれば、暴力犯以外は保釈が認められるものと思っていました。起訴か不起訴かが決まれば、実質的な捜査は終了したはずで、「証拠隠滅の恐れ」という理由で保釈請求を却下するのは、筋が通りません。裁判所が全く機能していないではないですか。

 やはり、罪状を否認したことに対する圧力と考えるべきでしょう。ということは、検察と裁判所が共同で冤罪を奨励しているとしか思えません。21日でも長いけれど、「21日ぐらいな我慢して、自白しなければ良いのに」と、最近の冤罪事件に対して考えていたけれど、現実には「否認したら出さないぞ」と検事に脅かされ、保釈請求が次々と却下されたら、誰でも気が弱くなるのでしょうね。

 私は素人だけど、一般的な常識論で論じたいと思います。詐欺というのは、価値の低いものを高価な値段で売りつけて不当な利益を得ることですね。海底地震計の価格相場は知りませんが、需要が少ないので、一般的に高価であり、5台で2,000万円は不当な値段とは思えません。それに、被害者であるはずのベルゲン大学のミエルデ教授の「詐欺に遭ったとは思っていない」という証言が何よりの証拠です。

 私は、もし立件するとすれば、横領しかないと思います。理由は、「本人のアイデアによるとしても作成した地震計は、北大に帰属する。このような場合、外国の研究機関への売却は、北大の備品として登録されていないし、国内の産学協同研究の精神に基き解釈すれば、勝手に行っても良い。しかし、その売却代金は島村研究室と指定して、大学に入金させるべきであり、大学を通じて受け取るべきである。」ということになります。

 そして、北大へ海外からの入金制度が不備であった事、その結果個人口座に入金させたが個人目的への流用が確認できなかった事を考えると、犯罪事実の証明困難につき無罪と考えるべきだと思います。何故、このような常識論が通じないのか?何か危険なものを感じます。

 島村さんが告訴された理由は何でしょうか?私は島村さんの周囲の事情は知りませんが、北大内に島村さんを妬む人がいて内部告発をしたか、それとも島村さんは政府の地震予知計画に批判的であったから、それに対する政府機関からの嫌がらせ(=弾圧)か、あるいは両者の複合によるものかのいずれかであろうと思います。

 この本の末部に、「アカンバーグ氏の特集記事の日本語版から私の意見がすっぽり削除されていた」とあり、これによって今回の事件の本質が見えてきたような気がしました。三権分立とは言っても、長期政権が続くと、どうしてそれぞれの独立性の維持は困難になりますよね。


2007.11.07 「検察は汚点でしょう。ちょろちょろする、日和見のマスコミには醜悪感を抱きます」
 私も腹が立ってきました。

 ただ、安部譲二も言うように、やればやるほど。泥沼。

 でも、検察は汚点でしょう。私のかつての職場でしたが、ちょろちょろする、日和見のマスコミには醜悪感を抱きます。


2007.11.05 「このような出来事を引き起こすゆがんだ司法制度とそれを支える国家というものに、絶望すら覚えます」
 はじめまして、ある研究所で研究員をしています。

 先日、先生の著書『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』を購入し、本日読ませていただきました。外で子供が遊んでいる傍らで、一気に読み終わりました。

 先生の卓越した筆力ゆえ、本の内容自体はとても面白いものでした。しかしながらその一方で、とても悲しい、落ち込んだ気分になりました。「先生がなぜこんな目に遭わねばならないのか?」という不条理に憤慨しました。

 このような出来事を引き起こすゆがんだ司法制度と、それを支える国家というものに、絶望すら覚えます。すべては個々の人間の利己的な保身がもたらすのでしょうか。とても残念に思います。

 また、このような不条理は、私たちのだれにでも、天災のごとく降りかかる可能性があるとも思いました。最初の大学とのトラブルは一体何に起因していたのでしょうか?科学者の発明というものに対する法や制度の不備にも原因があるのでしょうか?

 独法化以後、どこの組織も自立という名の下の「お金儲け」が騒がれるようになってきました。自立のための知的財産権の横取りとも関係するのでしょうか?

 いろいろ考えますが、状況がとても難しそうなのが悲しいです。このような不条理な状況においても、この災難に対して冷静に対処されている先生を、ただただ、尊敬いたします。

 今後、先生をとりまく環境が少しでも向上されることを切に願っております。それでは失礼いたします。


2007.11.02 「逆境を他人のせいにされないおおらかさに敬服いたしました」
 裁判後、いかがお過ごしかと、気になっておりました。
 本日、『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』を目にして、著書をものされる精神的タフネスをお持ちのことを再発見し、また、逆境を他人のせいにされないおおらかさに敬服いたしました。

 私の処世訓は「人生無駄なし」です。
 今後、大いにご活躍下さい。


2007.11.01 「このような事件(?)は決して他人事ではない、というのが第一の感想です」
 読ませていただき、このような事件(?)は決して他人事ではない、というのが第一の感想です。
 誰でもが、いつなんどき経験させられるかわからない、という恐れも。島村さんの文章から感じさせられました。


 一方、そのような仕打ちに対して決してムキにならずに自然体で立ち向かわれる姿勢に改めて感じ入りました。
 海底地震調査での体験と比較しての考察など、島村さんならではの視点と存じます。


2007.10.31 「弁護士として、世間の人々よりは拘置所のことに詳しいはずなのですが、自分の被告人が出廷前に服を脱いで検査を受けていることとか、弁護士面会による運動等の日課への影響のことなど、これまで思いもよりませんでした」
 はじめまして。御著書をたいへん興味深く読ませていただきました。

 弁護士としての私自身の経験や見聞では、否認を貫くと容赦なく実刑にされ、控訴審で自尊心も何もかもかなぐりすて、ひれ伏して(一審判決のおかげで目が覚めて自分の言い分が社会に通用しないとわかりました・・等)、ようやく猶予がつくというケースもあり、ここまで全面降伏させないと満足しないとは、刑事裁判官とはいかに傲慢であるか、と思っていました。

 島村様の判決はギリギリ受け入れられるもので、良かったと思いました。

 弁護士として、世間の人々よりは拘置所の中のことに近く、詳しいはずなのですが、たとえば自分の被告人が出廷前に服を脱いで検査を受けていることとか、弁護士面会による運動等の日課への影響のことなど、これまで思いもよりませんでした。

 日頃、被疑者・被告人がしんどくないか、それなりに快適にすごせているか、ということは気にしていたつもりでしたが、それでも、被疑者・被告人とは法廷や接見室という限られた場面の関わりのみで、こちらから見えない範囲で気にするのはせいぜい取調の状況のことくらい、それ以外の時間のことは、ふみこんで考えたことがなかったと気づかされました。


2007.10.29 「面白い(失礼なことかもしれませんが)のは、拘置所で何を食べたかの箇所です」
 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』をこの週末に一気に読みました。面白いと同時に、怖い内容だと思いました。

 冷静にあわてず状況を観察し記録された島村さんの科学者としての態度に驚くとともに頭が下がる思いです。私が、同じ環境に置かれたら完全にパニックになることでしょう。きっと独房でわめくか暴れまわることでしょう。そして、すぐに取調べ官の言うように自供することでしょう。

 以前、交通事故の被害者で警察に調書をとられましたが、最後の読み聞かせで、どうも自分が発言したことと違和感があり、文句をいったことがあります。取調べ官には、こういうものだから納得してくれと言われた覚えがあります。

 島村さんの絶望的なユーモアにも感服致しました。「差し入れは日刊スポーツ」には、思わず噴出しました。

 面白い(失礼なことかもしれませんが)のは、拘置所で何を食べたかの箇所です。読んでいるうちに拘置所の食事を食べてみたくなるのが、不思議です。多分、読者の多くが食事のところに多大の興味を持つのではないでしょうか?

 それにしても、一審の判決を受け入れた理由は非常に重いものを感じました。島村さんの苦悩を知らず勝手なことを言っていたと反省しています。

 御著書の最後のほうを読みながら日本は本当に大丈夫なのか?不安を持ちました。道警の裏金を追及した道新の記者が左遷させられたというのは本当でしょうか?暗澹とした思いになりました。

 NHKのラジオニュースの内容のなさについてはご指摘の通りであると思います。私の職場ではありますが、NHKのニュースの官報的体質と倒錯したニュース感覚は年々ひどくなって来ているように思います。ローカルのNHKはなかなか頑張っていると思うのですが。

 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』をなるべく多くの人たちに読んでもらえたらと思います。
私が住んでいる市で一番大きい本屋(ここには本屋と呼べる本屋はないのですが)で、置いてあったすべてを購入(5冊しかありませんでしたが)して知り合いに配りました。

 つまらない感想を書きましたが、島村さんの新著が多くの人たちに読まれるよう、私もPRに努めたいと思います。

 島村さんのさらなるご活躍を期待しております。


2007.10.28 「角川春樹が逮捕されたとき裸でお尻の穴まで調べられ、自尊心が目茶目茶になったと」
 早速、家の近くの小さな書店へ行き貴著を購入し読み始めたところです。平積みされていました・・・初版何部か知りませんが、さすが講談社!
 それにしても辛い初めての体験の中でよくも冷静に対応なされていましたね。
 まだ独房の件までですが、島村さんの精緻な描写で雰囲気が伝わってきます。
 かつて私の上司だった角川春樹が麻薬で逮捕されたとき裸でお尻の穴まで調べられ、自尊心が目茶目茶になったと言っていました。
 これから一気に読ませてください。
************************************************************
 今、安倍譲二の解説を繰り返し繰り返し読みながら感動と爽快感と少々の疲労を持って貴著を読み終わりました。

  本当にお疲れ様でした、そして今まで読んだことのない拘置所の生活が「水槽の中から人間を観ているような」表現で新鮮でした。

  私の読後感は‘この本は初めて逮捕され起訴された真面目なカタギの絶望の書だ’と云い切った安倍譲二さんの解説とまったく同意見です。彼を解説に選んだ講談社出版部の福島真一氏の慧眼に敬意を示すとともに、角川書店にもこんな編集者が欲しいな〜と
思いました。

  私は山が好きだったので登山物の本はよく読んでいましたが、荒天のため頂上目前で引き返す決断には数倍の勇気がいると読んでいたので、控訴まで2週間の葛藤は大変だったと推察いたします。(2007.10.29)


2007.10.27 「温度や匂いや空気まで伝わる描写力に感動しました」
 ご本『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』は島村さんが本の中で太宰治や宮沢賢治の文学の「採点」をしているのに倣えば、寓話性以外すべて5でした。島村さんの行動や気持だけでなく、温度や匂いや空気まで伝わる描写力に感動しました。


2007.10.26 その2 「なのに、くすっと笑ってしまうようなユーモアは、どこまでも島村さんだと・・」
  島村さんは本当にご苦労されたのだなあという思いと、なのにくすっと笑ってしまうようなユーモアは、どこまでも島村さんだと・・・
 先生が強い気持ちを持っていらしてよかったと思いました。
 でも本からはうかがいしれないことが、たくさんあったのだと思います。


2007.10.26 その1 「それにしても地震予知を批判された学者と官僚たちの卑劣な報復に憤りを禁じ得ません」
 ご高著、たいへん勉強になりました。これほど克明に獄中の日々を再現されるとは! ずば抜けた記憶力に感銘頻りです。

 それにしても地震予知を批判された学者と官僚たちの卑劣な報復に憤りを禁じ得ません。小生はXXXのビル会社の役員を務めていましたが、耐震強化工事に莫大な金をゼネコンに貢ぎ、役所の入居を勧誘したところ耐震工事を必須条件にするなど東海地震で業者の懐を肥やしているのに腹立たしい思いでした。

 充実した貴HPで多くの支持者の声に救いを得ました。遅ればせながらお礼申し上げます。


2007.10.25 「勇気が湧くといいますか、困難に耐えるように、私も頑張らなくては……と思ってしまいました」
 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』を拝読しました。当然のことながら、知らないことが多いのですが、一番、感じたのは、勇気が湧くといいますか、困難に耐える様に、私も頑張らなくては……と思ってしまいました。ほかの人が、無気力になる中、島村さんを、この困難に耐えさせたものは何だったのか? 私たち凡人には、多分、分からないことですが……非常に関心があります。

 ひとつ気になるのは、この本を読んで、科学者は、みんな、こんなに記憶力、観察力がよいのだ……という誤解を受けるかもしれません。

 近くの大きな書店で探したのですが無くて、新宿の紀伊國屋で三面、平積みになっているのを見つけて買いました。仲間に聞いたところ、講談社は、注文をしない書店には送って来ないそうです。


2007.10.24・その2 「さすがの安倍譲二さんも「舌を巻く」はずです」
 『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』を読ませていただきました。
  先週末、一気に読みました。
 いつもながらの平易な文章、しかもあくまで冷静で、精緻な観察と記憶にびっくりです。
 さすがの安倍譲二さんも「舌を巻く」はずです。
 これまでこれほど「拘置所生活」客観的に克明に記述した書籍はなかったのではないでしょうか。
 感服いたしました。


2007.10.24・その1 「初めて、こんな風に島村さんが引っかけられたのか、知りました」
 島村さんの怒りの書、『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫)を読んで、初めて、こんな風に島村さんが引っかけられたのか、知りました。
 無念な思いの控訴断念、私も怒りがこみ上げてきます。


2007.10.23 「この本は、我が国の司法制度の告発の書になっていると思います」
 島村英紀著『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫)を読みました。

 なんとも凄い本です。半年近くの拘置所暮らしを平常心を失わずに淡々と記しています。何度も船の旅をしている科学者ならではの記述といえましょう。

  何頁にも亘る食事の記録が微笑ましい。拘置所内の不自由については、誰でも想像できるでしょうから特別なことは何も書いてはいません。体験しようと思ってもそう簡単にできることではないでしょうが。

  この本は、我が国の司法制度の告発の書になっていると思います。特にどの点が、といわれますと窮しますが、控訴しなかった理由などを読めば納得せざるをえません。小塚直正さんが救援活動に邁進されたのも分かるような気がします。

  この本に関してではありませんが、小塚さんから送られた島村氏のhome pageを開いてみて、彼の写真の素晴らしさに感心しました。航空機の窓から撮った山などの写真、世界のあちこちで写した自動車の写真、いずれも科学者らしいコメントが付されています。まだじっくりと見たり読んだりはしていませんが。素人ではありませんね。


2007.10.22 「ご著書の持つ意義やメッセージを正確に把握した法曹関係者は他にも沢山いると思われます」
 私も弁護士です。昨日(2007.10.21)、島村さんあてにメールが届いた弁護士がどういう方なのか、性別も年齢も判りませんが、島村さんのご著書の持つ意味を良く理解しておられると思います。

 この弁護士のように態々、島村さんにメールすることはなくても、島村さんのご著書の持つ意義やそこに込められたメッセージを正確に把握した法曹関係者は他にも沢山いると思われます。

 これから、もっと多くの反響があるはずです。私も楽しみにしています。取り急ぎ。


2007.10.21 「できることなら本書を全ての裁判官に真剣に読ませたいものですが」
  突然にメールを差し上げる失礼をお許し下さい。

 私はxxxで弁護士をしている者ですが、先生のご著書「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」を拝読し、一言感想を申し上げたく思いましたので、ホームページでアドレスを拝見し、メールを差し上げる次第です。

  昨晩、書店で偶々発売間もない本書のタイトルを目にして購入し、読了しました。171日間の困難な(理不尽な)日々を耐えられたことに、誠に頭が下がります。そして、我が国に現存する異様な世界の記録として、本当に貴重な作品だと思います。抑制された正確な筆致から先生の怒りが伝わる思いがするとともに、その筆致故に類書中でも随一のリアルさを感じました。

  私たち弁護士は、日頃、刑事弁護人として「被告人は逮捕以来既に○ヶ月の長期に及ぶ身体拘束下に置かれ、その苦痛は…。」といったフレーズを書かざるを得ない場面に遭遇します。このフレーズは「その苦痛は甚大である」と続けられるのがある種の定型なのですが、私はある時からその表現は烏滸がましいと考え、せめて「その苦痛はそれを経験しない者の想像を絶する」などとするようにしています。

  しかし、それでもやはり定型に堕してしまうきらいを否定できません。本書を拝読して、依頼者の真の苦痛を体験しない弁護人が、その苦痛を代弁することの限界という当然のことについて、認識を新たにしました。その弁護人による代弁を聞く裁判官に至っては、身体拘束の苦痛は、文字どおり想像もつかないものでしょう(問題は、おそらく多くの裁判官が「その苦痛は想像もつかない」などと一々考えてはいないことです)。

  できることなら本書を全ての裁判官に真剣に読ませたいものですが、せめて、自分自身が長期拘束の苦痛を論ずる際の貴重な糧とさせていただきたくことにします。そして、頭の中まで「定型文言」化してしまわないよう、今後を戒めたいとも思いました。

  本書を拝読し、刑事弁護に携わる者として、改めて「人質司法」の不当性に対する思いを強くしました。権力と対峙せざるを得ない個人・弁護士の力は蟷螂の斧のようで、正直なところ挫けそうな思いをすることも少なくありません。しかし、蟷螂の斧であっても、振るい続けなければならないという気持ちになりました。

  また、「実用的」な感想ですが、多くの刑事弁護人は、必ずしも刑事施設内部の実情に詳しくないままに拘束された依頼者のサポートをしているのですが、本書は恰好の参考書となると思います。

 それから、本書を一冊、獄中の私の依頼者に差し入れたいと思っています。先生の、勾留中の恬然とした「気持の持ちよう」が(内心は色々おありだったのかもしれませんが、少なくとも描写された文章としてはそう感じました)、気弱になりがちなその依頼者をきっと勇気づけると思うからです。

 僭越な感想を申し上げましたが、本書が是非とも多くの読者に読まれることを祈っております。


2007.10. 「今後、行刑の問題を考える時には、この書物が関係者にとって極めて重要な参考書となるはずです」
  早速に一読させて頂きました。期待していたとおり、文庫本という体裁にもかかわらず、その内容は、島村さんだから著すことが出来た、島村さんでなければ著すことが出来ない、大変に存在感のある書物だと思います。

  逮捕・勾留の実際を、詳細・緻密に観察し、それによって得た知見を冷静且つ客観的に記録し、さらにそれを文章で表現するということは、普通の者には到底かなわぬことです。長い間科学者として地球を観測し続け、平易で達意の文章を書き続けて来られた島村さんにして初めて可能だったことに違いありません。

  拘置所の部屋の内部や、取り調べの様子、毎日の食事内容や配膳の様子、「願箋」や「官本」なるものの内容や取扱、その他様々な拘置所内の「掟」。これらを島村さんはいずれも詳細に書かれています。しかも部屋や机の大きさから、座布団の厚さ、蛍光灯のワット数、さてはコッペパンのサイズ、レトルト食品の内容量、「願箋」提出から実現までの日数、「官本」の入替期間や借り入れ可能冊数などまで、およそ数字で示すことの出来るものについては全て具体的な数字で説明されています。

  小さな部屋、薄い座布団、薄暗い蛍光灯、大きな或いは小さなコッペパン、といった程度で表現された「獄中記」はこれまでにも少なくはないと思いますが、これほど拘置所の内部と勾留中の被疑者を取り巻く環境を具体的な数字で記録した書物は、恐らくありますまい。

 その意味でも御著書は、極めて具体的客観的な記録であり、今後行刑の問題を考える時には、この書物が関係者にとって極めて重要な参考書となるはずです。

 また、勾留中の被疑者の心構えというか、自分の置かれた状態に冷静に楽観的に対処することの大切さ、と言ったものも見事に書かれています。これも、今後、不幸にして(?)勾留の身となった者たちに、大変大きな指針となるはずです。

 行刑当局は、直ちに本書を「官本」に採用すべきですね。


2007.10.20・その3 「ある種のユーモアも、わざとではなくて、筆者がまったく冷静だからこそ読者が感じるのだと思う」
  新著『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』、いままで貴君が書いた本の中で、文章はいちばんいいと思う。科学者らしく、センチ・グラム・秒の単位と名詞と動詞で出来た文章で、余計な修飾語がないのがいい。

  ある種のユーモアも、これはわざとではなくて、筆者がまったく冷静だからこそ読者が感じるのだと思う。 もともと自分の身に起こっていることも、地震のような自然現象も、貴君の目にはあまり違ったものとは映っていないんじゃないだろうか? 

  俺は君が怒るのを見たことがないし(批判や、痛罵することはたまにあっても)、感情の激しい揺れがない。それが長所でもあり、短所でもあるだろう。今度のような場合には、役に立った。


2007.10.20・その2 「あの文部省の言いなりに動く理学部長が、独自にベルゲンまで出張する筈はないと思います」
 「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」を、入手の翌日夜に読了致しました。

 息をつがせぬ筋立てです。 拘置所の食事メニューも必要な状況記述で、(失礼ですが)、興味深く読みました。 検察側の筋書きがよく判りました。 しかし、何故、裁判官は正しい判断ができなかったのでしょう? 貴著の末尾で、事情が判ります。

 小生の経験から、あの文部省の言いなりに動く北大の理学部長が、独自にベルゲンまで出張する筈はないと思います。

 よく拘置所生活に耐え、よく本書を書かれたと、深く敬意を表します。

 今朝、富士山は冠雪でした。 寒さに向かいます。 御自愛下さい。


2007.10.20・その1 「読み始めたらあなたの他の本と違って大変面白くて、その日は夜更かし...」
  確かもう出たはずだと思って、16日に(東京都豊島区)池袋に出たついでに東武の旭屋を覗いたら、新刊のところに並べてあったので一冊買いました。

  読み始めたらあなたの他の本(地震の本)と違って(失礼!これは単に私の関心のありかの問題かもしれません)大変面白くて、その日は夜更かし... で、18日にまた、今度は西武のLIBROで四冊まとめ買いしました。(ご心配なく。全部当てあります。) 合計五冊も買ってしまいました。


2007.10.18 「落ち着いて気品を忘れない書き方なのはさすが」
 島村さんらしいとても読みやすくて面白い文章ですね。それに、内容に関わらず、落ち着いて気品を忘れない書き方なのはさすがです。私だったら怒りにまかせて、けんか腰に書いてしまいそうなことですから、、、

 最後の部分で島村さんも書いておられるように、島村さんのこれからの人生がより実りあるように!と思います。島村さんはまだまだ若いし、健康ですし。やりたいことを存分になさってくださいね。


2008.8.21 「感動したので著者のサイトに行き、この本の新聞批評と読者の反響を全部読んだ。そして読売を除いていわゆる大新聞が書評をしていないのに気づいた。お上の権力と戦うのが大好きなはずの大新聞だがそれはただの格好だったのかな。そこに著者をはめようとした方々の意向が見えたような気がした」

海外に住んでいるから日本語の本を手に入れる機会は限られている。どれほどいい本がたくさん出版されていたとしても、それが自分の手元にきてくれるまでの距離と時間を考えると、その中の一冊と出合うのはご縁としか思えない。

そういう中で「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか」を御友達から貸してもらい、一気読み。「国際的に有名な地震学者、島村英紀教授が『業務上横領』で起訴され『詐欺』容疑で逮捕。171日間拘束されその間、接見禁止。最後に実刑は免れたが有罪判決が下る」と言った内容である。

タイトルどおりの内容だが「なぜ逮捕されたのか」のなぜには著者は答えられない。被害者であるところのノルウェー・ベルゲン大学のほうでは「詐欺にあった覚えが無い」と明言している「被害者の無い事件」。ではそれを仕立てて誰が得をするのか考えていくとおそらく御国のある機関になるのであろう。

これが2006年に起きているから怖い。

しかし著者は淡々と日常を語っていく。取調べから食事、拘置所で読める本まで。普通の神経の持ち主ならおそらく恨みつらみと不安ですぐに心身共に壊れていたことであろう。そうはならなかった著者の話には悪人が出てこない。あの手この手で著者を落とそうとしている検事に対してもである。

Elisabeth Kubler-Rossの「死の受容段階説」(否認→怒り→取引→抑鬱→受容)の真ん中を駆け足で通ったのであろうと思う。「なぜ、わたしが?」という不条理な苦しみを経験したにも関わらず著者は被害者であることは意識しても被害者意識で文を綴っていない。

そして心の置き所を変えて拘置所をリゾート地にしているのである。堀のこちら側ではらはらと読んでいる私としては「参りました。私なぞ修行が足りません。。。」と言うしかない。

感動したので著者のサイトに行き、この本の新聞批評と読者の反響を全部読んだ。

そして読売を除いていわゆる大新聞が書評をしていないのに気づいた。お上の権力と戦うのが大好きなはずの大新聞だがそれはただの格好だったのかな。そこに著者をはめようとした方々の意向が見えたような気がした。

そして著者の最新作を今度購入しようと思った次第だ。

最後に著者のあとがきにある言葉を:「嵐は過ぎ去るためにある、という中東の諺もある。また、身体的に、いかに不自由にされていても、精神の自由までは、誰も縛ることはできないはずである。」


2016.05 「この国の司法の現実にぞっとする。罪を犯さないことが重要じゃない。警察に捕まらないことが重要。捕まれば、罪人に貶められる。そんな悪夢のレールから逃れられる人は少ない。著者はその稀有な例外であろう。その強さを見習いたいものだ。」

国際的に有名な地震学者である島村教授が、「業務上横領」で告訴され、2006年2月1日「詐欺」容疑で逮捕。7月21日保釈。
本書は、この不可解な逮捕劇を描いた本ではない。171日間という長期の拘束期間、科学者は何を経験したのか。逮捕・勾留されると「どうなるか」を科学者の目で解析する。

このブログ

あるブログから。「ところが、この本には復讐どころか「悪人」すら登場しません。」だそうです。
別のブログから。「逮捕そのものが既に理不尽なので、司法当局がやっていることが、アムネスティから批判されるのも当然」だそうです。
別のブログから。「逮捕される前に読め」だそうです。追加で「著者である地震学者の人徳であろう。斯様な状態でこのユーモア(これぞユーモア)。だいたいこの題材でもって不条理感をメインに置かないとこがタダ者じゃないですよこのひたー」だそうです。
別のブログから。職業柄からか、「監獄もの」を多数読んでおられるらしい、ある法曹関係者も、まったく同じことをおっしゃっておられるのは面白いことです。
別のブログから。「よくここまで記録していたなという感想」「裁判員制度が始まるにあたって読んでおくのもいいかも」だそうです。
別のブログから。「僕個人としての印象は無罪なんですが、無罪だと逆に裁判が長くなって」だそうです。
別のブログから。「しかし本書を読めば、司法界は刑事訴訟法の在り方を広く論議すべきだと思える」だそうです。なお、同じ文章が『夕刊フジ』のインターネット版であるZAKZAKに10月29日に出ています。
別のブログから。「日本の裁判制度の矛盾、日本やマスコミ、検察の矛盾をきっちりと浮かび出している」だそうです。
別のブログから。「検察の言うとおりに勾留延長を認める裁判官ばかり。でも、この本の主眼は「拘置所の暮らし」なのである」だそうです。
別のブログから。「重たい内容のように思えるが、筆者のプラス思考が出ているせいもあってかサラっと読める。ただ考えさせられる内容は多い」のだそうです。
別のブログ司法試験受験生だそうです)から。「この本欲しさに、行ってきました。良かった、まだあって」だそうです。
別のブログから。「マスコミは、シナリオが先にあって、人の話はそれを補完する材料でしか使わない、いくら説明しても最初のシナリオを根本的に変えることは無い。というのは私の何度かの経験に基づく確信ですが、どうも検事もそのようですね」だそうです。
別のブログから。「法的機関でない学会は逮捕の時点では静観するべきである。日本地震学会は私の中で悪の組織に認定された」だそうです。
別のブログから。「社会正義を振りかざした良くありがちな本にもなり得た題材を、あえて生活面に絞った作品にした、編集者のセンスにも感心した本」だそうです。
別のブログから。「ともかく何よりも、この人はどうして、こうした目に遭っても、こうしたスタンスでいられるのだろう! ただただ、その点で、あらためて感嘆してしまう」だそうです。
別のブログから。「僅かな運動の時間を無駄にせず、心身が壊れなかった。家族や同僚や弁護士に恵まれていた」だそうです。
別のブログから。「普通の冤罪とはとても思えない。それは本人も気がついていないようである。詳しくは本を読みましょう」だそうです。
別のブログから。「最後の部分、控訴を断念し有罪が確定するまでのところが凄く怖い」だそうです。
別のブログから。「人を騙すことが詐欺罪だと思っていたが、じつは国を批判するものは何らかの理由で逮捕するという国家権力の主張が込められた事件なのかもしれない」だそうです。
別のブログから。心理学者が読むとこうなります。
別のブログから。「とにかく面白いです。不謹慎ですが、死ぬほど笑えます」だそうです。でも「仕事柄買って読んでみた」というのは、法務省関係なのでしょうか。
別のブログから。「著者は良心から”予知に頼った防災の危険性”に警鐘をならしたばっかりに、逮捕され171日間も拘留されたのだ」だそうです。
別のブログから。「旺盛な好奇心,細かな観察,正確な記述からなり,勾留生活の詳細を科学者でなければ書けないような視点で綴った作品である.なにより,どんなことでもポジティブにとらえている部分は人間として,科学者として芯の強さが感じ取れ,清々しささえ覚える」だそうです。
別のブログから。「この本を読むと、我々が「持っている」と信じている『自由』なんて、それほどに確固としてあるものなのではなく、ある日突然に奪われてしまうものなのであることがわかる」だそうです。
別のブログから。「"こんな意味不明で不当なのが裁判ってあり得ないでしょ"というのが正直な感想だし、”お上”の世界はたぶん公平ではないとは想像がついても、これほどひどいとは思っていなかったので、よくぞこうして知らせてくれた、という思いが強い」だそうです。
別のブログから。「日本の官僚制度は国民のためのものでないことは今や周知の事実だが、この本によって、日本の司法制度も国民のためのものでないことが判る」だそうです。
別のブログから。「版元の謳い文句は本当に上手いです。読んでみたらその通りで、私には(大抵の人には)できない(したくない)経験を、卓越した観察眼で記録した得がたいリポートでした」だそうです。
別のブログから。「是非読んでみて下さい。読まないんだったらどれだけ解説してもそこから得られるものなんてないんじゃないでしょうか」だそうです。
別のブログから。弁護士が読むとこうなります。「島村さんが検事に対して述べた言葉がすごいと思いました。また、読み終えてこの裁判が控訴されずに確定したという現実が現在の刑事司法の現実がもたらす暗澹たる壁のように感じました」だそうです。
c 別のブログから。弁護士歴35年の別の弁護士が読むとこうなります。「なるほど、それも一つの決断だと弁護士生活35年の私も思いました。私の体験でも、司法は、それほど、あてになる存在ではありません。勇気のない裁判官(もっとも、本人はあまりそのような自覚はありません)が、それほど多いのです。」だそうです。
別のブログから。「後半になると凄みを増してくる本。国民必読の著だと思える。我々はいつ誰でも国家権力にふりまわされる存在になるかわからない。」だそうです。
別のブログから。『それでもボクはやっていない』(監督:周防正行)と一緒に見ると、こういう感想になります。
別のブログから。「拘置所内での処遇を考える上での基礎資料,あるいは刑事法入門時に刑事手続の具体的なイメージを得るのに非常に有用な内容が提供されているように思われました。文庫本なので安価で手に入り,また比較的短時間で読み通せてしまいますが,本書を読み終えたときに感じる「重さ」は文庫のサイズには到底収まりきれないものがあるように感じました」だそうです。
別のブログから。大学の科学者が読むとこうなります。「大学に所属する研究者として、これはとても他人事ではない。誰も思いつかない発想で知的世界を切り拓こうとする研究者ほど、日本で研究することは危険ということになる。本書は表向きそのような主張はしないが、著者のように立派な研究をしていても逮捕される事実を見て、怖くなった」だそうです。
別のブログから。経営コンサルタントが読むとこうなります。「同様の内容は山本譲司の獄窓記に詳しかったが、この本は抑圧されたと考えるであろう状況下で、淡々と生き延びる術も学ぶことが出来る。期待しない。興味を失わない。事実を受け止める。もし逮捕されたときのことを考えると(考えたくもないが)必読の書」だそうです。
別のブログから。「島村英紀氏が勾留所で、渡辺淳一の初期の作品を読んだ、と書いていて、その時の渡辺淳一評に興味を持ち、読んでみた。島村氏の言わんとしていることが分かった気がする。」だそうです。
別のブログから。「佐藤優『国家の罠』(『獄中記』というそのものずばりの本もあるけれど)が文系だとしたらこっちは理系の人の書いた本だな、という程度の軽い興味で読み始めたのですが、読み終わる頃には思ってもいないところに連れ出されていて、自分でもびっくりしました」だそうです。
別のブログから。たいへんな読書家らしいタクシーの運転手が読むとこうなります。「現在の司法界の不条理を告発しつつ、拘留体験の無残さから意識的に遠ざかりつつ、また近づきつつ…。「現場の人」として各国を巡ってきた著者ゆえの精神の強靭さ(おそるべきポジティブ思考)に共鳴しつつ、・・・、”あっぱれ”と、ひと言もらすしかないか」だそうです。
別のブログから。おそらく今年の読む本の中でトップの内容。とにかく読み応えがある。・・・とにかくおもしろい。また恐ろしい。かつて裁判は無罪は無罪、有罪は有罪と調べて判決するところと思っていたら、・・・」だそうです。
別のブログから。最もおもしろかったのは食事内容の記述。参考になったのは、どのような状況に置かれても、その自分を客観的に見ようとする科学者の視点」だそうです。
別のブログから。この本を読もうとする人は島村英紀の前著『公認「地震予知」を疑う』を読んで欲しい。著者は良心から「予知に頼った防災の危険性」に警鐘をならしたばっかりに、逮捕され171日間も拘留されたのだ」だそうです。
ある法科大学の「必見情報サイト」から。拘置所内での処遇を考える上での基礎資料,あるいは刑事法入門時に刑事手続の具体的なイメージを得るのに非常に有用な内容が提供されているように思われました」だそうです。
別のブログから。「この手記の中に日本の裁判、警察の問題点がいっぱいつまっています」だそうです。
別のブログから。「正直、この判決について私は理解できない。
だがもっと解せないのは北海道大学の対応の不公平さだ」だそうです。
別のブログから。「地震予知は可能である」という、今や学会の共通認識になり、国家的意向にも添ったことに「異議」を唱えていたからである。それが狙われる原因だったようなのだ」だそうです。
別のブログから。客観的に書かれていて、わかりやすい。(≡^∇^≡)(^∇^)告訴から裁判まで、実刑までの流れがはじめてわかりました。(=⌒▽⌒=)」だそうです。絵文字のオンパレードです。
別のブログから。島村氏の感情表現よりは事実の記録が圧倒的に多く、これがまた本書の魅力になっています。本書は拘置所生活はどのようなものかを淡々と記載することを通して、もう一つの問題を提起しているように感じます。それは、人権はどこまで尊重されなければならないかということです」だそうです。
別のブログから。法律家がもっとも正しいわけでなく、むしろ”法律を知らない一般人の素朴な感覚”がとても大切なのではないかと思う。学者として鋭い観察眼を有する著者が、見事に刑事手続についての感想を簡潔・的確に記し、ボクら法律家が見落としがちな問題点をあぶり出していると思う」だそうです。
別のブログから。世界の風景の本を買いにいったのに、この本を買って下さった方がいます。
別のブログから。「島村先生は沈着冷静。こんなにも克明に刻々と内容を記録できるだろうか、信じられない。看守たちの人間さ・非人間さをなぜここまで克明に書けるのか!」だそうです
別のブログから。「元々、本を読むことがめんどうくさい私。でも ちょっと読んでみようかと思ってしまった一冊。・・・めちゃ面白かったのが 食事。朝 昼 晩のメニューが細かく書いてある。・・・とても理不尽で 一方的で 非合理的だと 無知な私でも怒りが出た」だそうです。絵文字が豊富なブログです。
別のブログから。「いつどこで裁判に巻き込まれるか解りません。拘留・取調べのあたりは、知っていたほうがいいですよ。皆さんも是非、読んでみてくださ〜い」だそうですが、ブログの中身は、著者が言いたかったことを見事に「学問的に」整理してあります。
別のブログから。さすがジャーナリストで、北海道大学、国立極地研究所、地震予知の現状をよくご存知です。
別のブログから。「しかし、教授にやましいことは何も無いので国内事件としての立件ができないので、ノルウエーの大学からの”詐欺”として裁判にかけられたのである。わざわざ欧州から証人も呼ばれたが、ノルウエー側は詐欺にあったという認識はなく正規の購入だったという見解を示したのである」。このブログには「前回」があります。
別のブログから。不幸中の幸いなのは、本が出て、一年しないで5刷まで行ってること。私も買いました。あなたも買いましょう」だそうです。本の内容をわずか一行にまとめた「腕」は見事です。
別のブログから。「”刑務所にも入館案内がある”というキャッチコピーにひかれ、購入(家に積ん読な本がいっぱいあるというのに…。)」だそうです。
別のブログから。ロンドンで読んで、日本の権力や大新聞について心配してくださっている方がいます。「お上の権力と戦うのが大好きなはずの大新聞だが、それはただの格好だったのかな。そこに著者をはめようとした方々の意向が見えたような気がした」だそうです。Elisabeth Kubler-Rossの「死の受容段階説」も引用しておられます。
別のブログから。「こういったおそるべき事態が、検察官や裁判官も”全面的に悪”というわけではなく、彼らが”自分自身の組織内での評価のため””自分たちの組織の利益の防衛のため”に組織の一歯車として実行している、というのが怖い」だそうです。
別のブログから。「時間があったら私小説を読むのかと問われれば、多分読まない。島村英紀さんの『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』のようなノンフィクションを読むだろう。私小説を手に取ることがあったとしても、目当ては主人公あるいは作者の感受性を鑑賞することでなく、叙述された事件の特異性を知ることであるだろう。」だそうです。
別のブログから。「数々の制約の中、これでもかというほど丹念に記述しており、地震学者のフィールドワークを拘置所でやっていたような印象である。このような極限状態でありながら、検察、判事、そして拘置所の職員などに対して一言もマイナスの感情をぶつけていないことに驚いた。誰かを呪ったり、自分を責めたりしてしまいそうだが、そんな思考回路は持ち合わせていないようなのだ」だそうです。
別のブログから。「本件新聞報道をみて、「高名な学者が、なぜつまらない詐欺をしたのだろう」と記事をそのまま信じてしまったことを告白しておく。偶然本書をみかけた時、あわてて購入した。小生もうかつだった。著者も書いているように、お上のお先棒をかつぐマスコミがそういう誤解を招くのだ」だそうです。
別のブログから。いろいろな獄中記を読んでおられる方らしく、「山本譲司『獄窓記』新潮文庫は、以前読んだ「囚人狂時代」(見沢知廉)や「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」(島村英紀)には、遠く及ばない」だそうです。
別のブログから。「ある方が、自分の以前の仕事は刑務官だと告白してくれました。不合理なことばかりで退職したのだと。この本は、独房生活を赤裸々にそして冷静に記しています」だそうです。
なんと、あの2チャンネルから誉められました。「この本は神レベルだった。接見禁止の怖さを初めて知った」「マニアの間では評価の高い本だね。 地震学者としてより、拘置所体験記の著者として名を残しそうなのが何とも…」「佐藤優の獄中モノはつまらない」だそうです。
別のブログから。福岡県弁護士会所属のベテランの方が「”そして、真実追究とか名誉回復とか悔しいという気持ちより、残された人生を本来やりたいことにつかったほうがよほどいいと判断した”というのです。なるほど、それも一つの決断だと弁護士生活35年の私も思いました。私の体験でも、司法は、それほど、あてになる存在ではありません。勇気のない裁判官(もっとも、本人はあまりそのような自覚はありません)が、それほど多いのです」だそうです。
ある書評から。「拘置所パラダイス:(p.120) ⇒⇒⇒ここで筆者の前向きさが素晴らしいと思った。とにかく、読んでよかった。検察の意地っぽい部分も垣間見え、腹立たしく思う場面もある。 なんといっても、この筆者の前向きな考え方に感服しました。きっと、面白い先生だと思った」だそうです。
別の書評から。「勾留されるという体験を、持ち前の好奇心を全開にして、新奇なフィールドに挑むように記録した異色の手記」、「こういう体験を経てきた著者のいわばフィールド・ノートである。感傷を排して、事実を淡々と記していく。快活さすら感じられるその筆致はまぎれもなく科学者のものだ」だそうです。
別のブログから。「この文章には、科学者の目が生きています。記録することとは何か、客観とは何なのか。その答えがあります」だそうです。また「島村英紀のホームページ」には、地球と生物に関する、面白さで時間を忘れるほど興奮できる文章がたくさん載せられてます。無料で読めるなんて、素晴らしいわん」だそうです。
法律家のタマゴの方が書いている別のブログから。「科学者として冷静な観察眼を有する著者が我が国の刑事司法の運用をどのように見ていたのかがわかり、大変興味深い内容となっています」「著者の指摘は、大変鋭いものがあると思います」だそうです。(「非常にすばらしい読み方だと思います」と編集者が感心していたブログです)。
ある掲示板から。「佐藤優作品が文官的な観察記録なら、島村英紀作品は科学者的な観察記録という趣で、内容は深刻なのに無茶苦茶面白い」「花輪和一『刑務所の中』『刑務所の前』に匹敵する観察力と記憶力であるが、何よりも不屈の精神・沈着冷静さ・ユーモアに驚く」「控訴を諦めた筆者の判断は現実的だしやむを得ないことだと思う。でも、一読者としても腹が立つくらいだから、当人の腸は煮えくり返ってるんだろう、本当は・・・」だそうです。
別のブログから。「小沢一郎問題は筆頭秘書逮捕で決着、検察の思うつぼにはまっての、日本人の馬鹿さ加減」「私の危惧する検察の横暴、メンツ捜査 逮捕立件 国策捜査などあたり前に密室で行われていることが、 彼が見たまま、経験したままに書かれている」「こういった日本の司法のいい加減さをこの本は暴いている」だそうです。
別のブログから。「この本がとても興味深く引き付けられるように面白いのは、逮捕時から拘置所での171日間の生活が科学者ならではの冷静で客観的で、かつユーモアに富んだ観察眼で見つめ、それを、きっちりと記録したという面」だそうです。それにしても、古本で買ったこの本に「検 19.12.25 ニガラ」なる印が押されているのは、いったい、なんでしょうね。
別のブログから。「本書の特徴はなんといっても、著者がフィールド調査の経験をもつ科学者だったことだろう。そんな著者ならではの「技」が、随所で発揮されている。たとえば、独房のうち2畳半ほどには横75センチメートル、縦160センチメートルと団地サイズよりもっと小さめの畳が3枚敷いてあり(中略)、このぐらいの長さを、このぐらいの精度で測ることぐらい、たやすいことのようだ。本書は、拘置所や拘置所生活の科学者による記述として、貴重な本だと思う」だそうです。
別のブログから。「最近の小沢秘書逮捕の西松建設事件、収監中の植草一秀の事件、鈴木宗男と外務省・佐藤優の事件等々、体制側の恣意的な攻撃が目立ちますね。しかし、本書の島村英紀 なる地震学者はなかなかですね。検事の取調べでの恫喝に屈することなく……ですから」だそうです。
別のブログから。「文庫本なので安価で手に入り,また比較的短時間で読み通せてしまいますが,本書を読み終えたときに感じる「重さ」は文庫のサイズには到底収まりきれないものがあるように感じました」だそうです。
法律家の方らしい別のブログから。「よくここまで冷静に書けるなあと驚嘆しました。島村さんが検事に対して述べた言葉がすごいと思いました」「読み終えてこの裁判が控訴されずに確定したという現実が現在の刑事司法の現実がもたらす暗澹たる壁のように感じました」だそうです。
大学の法学部の先生の別のブログから。「教授は控訴を断念するのですが,この判決内容のもつ微妙な意味もよく解説されていて,勉強になりました」「逮捕は,本人としては理不尽なことだったのでしょうが,そこで精神を壊さずに何とか切り抜けていった強さには本当に驚きました」だそうです。
子ども3人+猫2匹と暮らす主婦のブログで、「見知らぬ世界の旅行記みたいに面白いのです」「最近、記者クラブを批判する意見をよく聞きますが(上杉隆さんがラジオで言ったりするのとか)、なるほどねーと思ってしまうのでした」とありました。
ある読書家のブログで、「研究者のタッチで、淡々と拘置所の中での生活が客観的に記されているのが、説得力を増す。うがちすぎかもしれないとしながらも、裁判長の(北海道弁でいうところの)情けない良心も表現されている」だそうです。
別の読書家のブログで、「でもさすがに世界の極地に行って研究をしている方だけあって、環境が悪い所でのサバイバルが身についているというか、精神力の強靭さに感心」だそうです。<
twitter界では、「時々にちりばめられユーモアセンスあふれた文章に思わずニヤリ×10。自分だったら、こんなに冷静にできない確信×100.著者が見た拘置所近くの電信柱の広告「差し入れは日刊スポーツ」は秀逸」「花輪和一の『刑務所の中』を、はるかにシビアにした話。司法の硬直にぞっとする」だそうです。
ある、旧仮名遣いのブログで、「全てにおいて前向きな考へ方なので、読んでゐて痛快にすらなつてくる。 取調べに対しても、検事に対して同情的な記述さへあります」だそうです。
世の中を憂えるある弁護士のブログで、「控訴もせずに確定させてしまったというのも、自然科学者としての司法に対する絶望(というより蔑視)を思わせる。・・・保釈や接見禁止の運用について、本書を一読して裁判所も再考すべきだろう」だそうです。
ある、文科系の学者の方のブログで「検察や特捜が、大きな事件がないものだから、大学教授や地方の知事を賄賂や汚職ということをでっち上げて有罪にしてしまう冤罪があとを絶たない。佐藤栄佐久、植草一秀、島村英紀、などなど」だそうです。
あるブログで「これは、現在、収監されている植草一秀氏が巻込まれた不思議な事件と共通する、体制側の意思を感じるものだ。氏の主張「地震予知批判」が、このような結果を引き起こしたのは間違いないが、島村英紀氏は、それに屈することなく意気軒昂である」だそうです。
あるブログで「その、おもしろいこと、おもしろいこと。状況をシッカと見定めてやろうとする、科学者の冷徹な観察力によって、淡々と綴られる、シリアスな現実が、圧倒的なリアリティーで、読者の胸ぐらを鷲掴みにする」だそうです。
あるブログで「いやー、これ読んでよかったな。人生って突然何が起こるかわからない。日本の司法制度がこれほどまでに検察のいいなりになるような、バカバカしいものだとは思わなかった」だそうです。
あるブログから。「「地震予知」なるものが、ニセ学問であることが、今回の大地震でもよく分かる。浜岡原発の近くでおきる東海地震は「予知できる」ことになっているが、真っ赤な嘘だろう。東海地震は浜岡原発倒壊地震。島村英紀著 『地震予知はウソだらけ』講談社文庫を、お読みいただきたい。良心的な学者が、良心に基づいて行動すると、冤罪の罠にはめられ、投獄される。『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか』はその記録だ」だそうです。
ある研究者のブログ「誰も被害者のいない「犯罪」で有罪になる理不尽さと、筆者の淡泊な筆致と強いコントラストを成して深く印象に残った。大学に所属する研究者として、これはとても他人事ではない。誰も思いつかない発想で知的世界を切り拓こうとする研究者ほど、日本で研究することは危険ということになる」だそうです。
私の3冊の本を同時に読んでくださったブログから。国際的に有名な地震学者が、「業務上横領」で告訴され、2006年2月1日「詐欺」容疑で逮捕。7月21日保釈。こういう事件があったことを、私は不可解な思いで当時のニュースをきいたことを思い出した。北海道大学教授ということで、何かはめられての逮捕じゃないかと不愉快に思いつつ、そのうち忘れてしまった。
 今回の地震津波に関して、アマゾンで関連書籍を漁っているとき、前国立極地研究所所長、島村英紀著『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか』(2007、講談社文庫)を見つけ、手に入れて読み、興味をそそられ、さらに彼の『地震と火山の島国−アイスランド』『地震予知は嘘だらけ』を読んだ。
事件の内容を本書から引用する。
そもそも、これは前代未聞の不思議な裁判だった。
(中略)
おもしろいのは、独房に入れられ、刑務所の食事や、不自由な暮らしについて、自分の過去の探検時の苦労と比較し重ね合わせにする描写は、氏のユーモアと魅力と強靱さを物語り、私を賞賛の念で満たした。  今の日本には、本物の知識人、言論人は邪魔な存在なのである。
(中略)
 悪事をなそうとするものに対して、邪心のない学者が「王様は裸だ」と本当のことを言われては困るのだ。
 今は本物の政治家、言論人は消されることが常態になってしまっている。正義を司るべき司法が、犯罪を犯すまでに堕落した国家になりはて−司法マフィアに乗っ取られた国の現状が、多くの国民の目につくようになっている。
島村氏の冤罪事件が起きたときは、北海道警察の裏金問題が発覚、不起訴になった時期だ。
 巨悪がのうのうとのさばり、善人が悪の徒党の被害者になる。
 おそろしい逆さの国だ。犯罪者が権力を握る。国民の運命を狂わせる。狂気が恐ろしい凶器を振り回し、この国を不幸に落としつつある。
<追記>それにしてもなぜ北海道大学がこのような卑劣なことをしたのか?これが疑問だ。

このブログに、コメントが追加されました。
北大の広告塔であった島村教授は、ひょっとして正論を吐く北大の言論人に対する見せしめとして、機能不全を起こしている官僚システムの生け贄になったのかもしれないと思う。現在、以前とはことなるスタンスを持つようになった(かのように見える)北大のY教授の偏向的言動をみていると、何かその謎が解けるように思える。

読んでくださったブログから。 同じ動機から佐藤優「国家の罠」も平行して読みました。同じように逮捕の状況、取り調べ、拘置所での経験を書いていても、島村氏の本は光景やしきたり・食事内容などの記載が多く、佐藤氏は会話や自分が感じたことの記載が多い。職業(地球科学の研究者と外交官)が違うと日常生活でのアンテナの張り方が違うことが明らかで、面白く思いました。
(中略)これに対して北大が業務上横領で告訴したのですが、なぜ北大が告訴したのかが謎です。研究にしか使っていないので横領では立件できず、(後略)
(中略)被害者がいない事件で有罪になることが、日本ではあり得る、ということのようです。

読んでくださったブログから。 いままでは私たち編集部が調べた事実を送ってまいりましたが、今回は島村英紀自身が書いた手記「ドキュメント月日」を送ります本人でなければわからない迫真のルポに、みなさまも衝撃を受けるはずいずれご意見・感想を寄せていただけるでしょうが、すでに読み終わった私たちは、「島村英紀はやはり科学者だった」「島村英紀だから耐えることができた」との思いでいっぱいです。

 あるホームページへのコメント島村英紀著「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」 (講談社文庫) をお読みになることをおすすめします。世界的に名を知られ、地震予知には極めて否定的な地震学者である氏が、理不尽な容疑で起訴され、裁判にかけられ有罪になった経緯と、氏が上告を断念した理由が述べられています。

氏は、友人から忠告されたそうです。日本の裁判では「執行猶予」がついたらそれは裁判官が検察と被告の双方に配慮した結果で、執行猶予はそれが明けさえすれば無罪と何の変わりはなく、上告しても上級裁判所も検察の面子を無視することはないから、完全無罪を勝ち取ることはほとんど不可能で、その間どれだけの時間と労力を浪費することか。 というような内容だったと思います。

意地を押し通して人生で最も活躍できる時を無駄にするか、執行猶予が明ければ無罪と同じという実質を選んで政治理念の実現に尽くすか、それ以外の選択はないのです。日本の裁判制度は「正義」「真実」とはかけ離れたもの」だそうです。(2013年3月)

読んでくださったブログから。
「細部の書き込みが徹底された良書。文庫書き下ろし出版とした講談社もグッドジョブ」だそうで、「完全な再現ではないだろうが、こういった細かい(あるいは細か過ぎる)記述がギッシリと並ぶ。

 学者らしい冷静な視線によるものだろうか。

 そうだとしても、冷静すぎて少し怖いほどだ。最初の章はとつぜんの家宅捜索(著者の東京の住居)から始まる。東京地検に連行される。取調室で検事と向かい合う。そこでいきなり検察事務官が「逮捕状が出ています」と宣言する。黄色のカラーフォルダーから取り出した逮捕状が読みあげられる。通常逮捕、容疑は詐欺。時間は11時23分。ここで著者は、平然と(でもないだのだろうが記述としては)
>「通常逮捕とは何でしょう?」と聞いてみた

そうである。直後に、著者は手錠と捕縄で逮捕される。といった具合で、やたらと冷静に事実のみが書き連ねられている。その執筆スタイルは最後まで変わらない。」(2013年.4月)


 あるブログから
島村英紀『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』 (講談社文庫への書き下ろし、2007年)。いまたまたま読んでいる文庫本。いやあ、科学者の目をこういう場所、こういう事態でも発揮されるというリアリズムに感激しながら電車でスマホもいじらず読んでいる。
 本書は「そこで何を見たか」に紙幅を割いている。容疑者/被疑者としての著者が見た拘置所での生活…食事は健康的で悪くない、3畳の独房も調査船のキャビンに比べれば揺れずエンジン音もしないだけまし、希少な社会との窓であるNHKラジオが低俗に走る空虚、「運動」の時間に見る空の青さ…。不自由な拘置所生活を客観的かつ精緻に記録し、「こんな経験はめったにできないから楽しんでやろう」と前向きに捉える著者の精神力の強さに圧倒される。研究者として解脱の域に達していると言えよう。
 著者が逮捕された罪状は北海道大学から告発された「詐欺罪」。著者が北大教授だったときにノルウェーのベルゲン大学と共同研究した際の研究費が著者の口座に振り込まれたことで、北大が著者を「業務上横領」で告訴 したことが事件の発端だ。著書によると、北大が外国から研究費を外貨で受け取る窓口がなかったため、事務から個人の口座で受け取るよう指示されたとのこと。検察は私的流用の証拠を見つけられなかったためか罪状を詐欺罪に変更して立件。裁判の中で、ベルゲン大学の共同研究者が「詐欺に遭ったとは思っていない」と証言しているにもかかわらず、判決は有罪。誰も被害者のいない「犯罪」で有罪になる理不尽さと、筆者の淡泊な筆致と強いコントラストを成して深く印象に残った。(2015年6月)


 あるブログから(ロンドン在住の方のようです) 海外に住んでいるから日本語の本を手に入れる機会は限られている。どれほどいい本がたくさん出版されていたとしても、それが自分の手元にきてくれるまでの距離と時間を考えると、その中の一冊と出合うのはご縁としか思えない。

そういう中で「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか」を御友達から貸してもらい、一気読み

タイトルどおりの内容だが「なぜ逮捕されたのか」のなぜには著者は答えられない。被害者であるところのノルウェー・ベルゲン大学のほうでは「詐欺にあった覚えが無い」と明言している「被害者の無い事件」。ではそれを仕立てて誰が得をするのか考えていくと、おそらく御国のある機関になるのであろう。これが2006年に起きているから怖い。

しかし著者は淡々と日常を語っていく。取調べから食事、拘置所で読める本まで。普通の神経の持ち主ならおそらく恨みつらみと不安ですぐに心身共に壊れていたことであろう。そうはならなかった著者の話には悪人が出てこない。あの手この手で著者を落とそうとしている検事に対してもである。


Elisabeth Kubler-Rossの「死の受容段階説」(否認→怒り→取引→抑鬱→受容)の真ん中を駆け足で通ったのであろうと思う。「なぜ、わたしが?」という不条理な苦しみを経験したにも関わらず著者は被害者であることは意識しても被害者意識で文を綴っていない。

そして心の置き所を変えて拘置所をリゾート地にしているのである。堀のこちら側ではらはらしながら読んでいる私としては「参りました。私なぞ修行が足りません。。。」と言うしかない。

感動したので著者のサイトに行き、この本の新聞批評と読者の反響を全部読んだ。

最後に著者のあとがきにある言葉を:「嵐は過ぎ去るためにある、という中東の諺もある。また、身体的に、いかに不自由にされていても、精神の自由までは、誰も縛ることはできないはずである。」


2016年、あるtwitterから
「テレビで大地震の解説をする地震学者を見て、どこかで聞いたことのある名前だと思っていたら、2006年北大勤務時代に詐欺罪で逮捕拘留された人物だった。書下ろしの文庫、島村英紀『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫、2007年)を読み、マイナスイメージがプラスに転換した」だそうです。


このほか、2007年10月23日、ミステリー小説作家の折原一さんの日記『頭蓋骨の裏側』では「この本は推理作家志望者は買っておくべきでしょう。これは新津の分も買っておく(資料として、あえてダブリ買い)」と書かれました。独房や拘置所内の生活の記述の「資料的な価値」を買ってくださったのでしょうか。
このほか、推理小説、ミステリの愛好家のサークルからは、なんと島田一男、結城昌治、西村京太郎と並んでノミネートされています。

このほか、類書(?)山本譲司『獄窓記』(新潮文庫)の読後感のブログで、「以前読んだ「囚人狂時代」(見沢知廉)や「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」(島村英紀)には、遠く及ばない」とありました。

共同通信が配信した紹介「気になるこの本」が「日本海新聞」2008年5月25日(日曜)朝刊書評面「実態をありのままに」「福井新聞」2008年5月25日(日曜)書評面「拘置生活をさらりと」に、それぞれ5段で出ました。また「信濃毎日新聞」2008年6月20日(金曜)夕刊ぶんか面「拘置生活ありのまま伝え」「京都新聞」の「出版最前線」にも出ました。
共同通信が配信した紹介「奇妙な事件」が「佐賀新聞」2008年2月19日朝刊(なに・なぜ・なるほど面)「時言」と「秋田魁(さきがけ)新報」2008年2月20日(水曜)夕刊1面「杉」「山形新聞」2008年2月20日朝刊(意見のページ)「時鐘」に出ました。
「読売新聞」2008年1月6日(日曜。読書頁、13面)に書評が出ました。「ポケットに一冊」
「日本経済新聞」2007年12月16日(日曜。読書頁、24面)に書評が出ました。「科学者が体験した「人質司法」」
「北海道新聞」に出た紹介。2007年11月30日(金曜)夕刊。「アラカルト本棚」
「夕刊フジ」に出た書評。2007年10月27日(土曜。発行は26日)27面。「人質司法の実態」
教育関係の情報誌「あっぷメイツニュース」に出た紹介。2008年1月25日。4面。「注目の一冊」

ノルウェー在住のマップ・イラストレーターの方のホームページに「逆境における人間の尊厳」として紹介されました。
村内必典氏が島村英紀のために作ってくださった漢詩(その2)

島村英紀の著書一覧(『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』)へ
『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』の出版後に気がついた訂正
島村英紀ホームページに戻る
島村英紀の裁判通信へ
島村英紀が書いた「もののあわれ」へ
海底地震計・海底地震観測とはどのようなものなのだろう
海底地震計・その開発の歴史と苦労