地震学会広報誌『なゐふる』、2017年3月号(2016-6号。2ヶ月に一度)

大震法と地震学者の責任

1:イタリアの裁判は他人事ではない

 イタリアの「地震予知」裁判は、対岸の火事で、そもそも科学はその種の裁判にはなじまないと日本の地震学者は思っているにちがいない。だが、そうではないのだ。

 2009年春、イタリアで地震予知に失敗した学者の裁判は、イタリアの最高裁でひっそりと終わっていた。2015年11月20日のことだ。最高裁は日本と同じく、法律や手続き上の間違いがなければ第二審を認めてしまうのが普通だからである。

 2014年11月の二審では、2012年10月の初級審の学者ら7人全員の有罪がひっくり返されて、学者は無罪、政府の防災庁幹部1人だけが執行猶予付きの禁錮刑になっていた。これが最高裁で確定していたのだ。

 イタリア中部ラクイラ。ここはふだんから月に数回の地震がある。大地震の前の半年間はさらに活発になった。大地震が来るという独自の地震予想を出す学者も現れた。地元の人々のなかに不安が拡がっていた。

 このため「国家市民保護局」は学者を含む「大災害委員会」を開き「大地震は来ない」という安全宣言を出した。じつは政府が人心を鎮めようという方針を委員会の前に決めていた。政府が学者に期待したのは科学者のお墨付きだけだったのである。この事情は、日本と似ていないだろうか。

 安全宣言が出されたので外に寝ていた人たちも家に帰った。しかし一週間後の2009年4月6日午前3時半、マグニチュード6.3の内陸直下型地震が起きて309人が死亡してしまった。

 2:もし大震法で前兆が見つかったら

 日本でも、国が安全を保証したのに大地震が起きたことがある。2016年4月16日に熊本で起きた最大の地震の前がそうだった。4月14日の地震の後、気象庁や政府が「家に帰れ」と呼び掛けていたのだ。あとから起きたこの地震で家が潰れて圧死した人数は前の地震の圧死者を超えてしまった。

 もっと大きな問題もある。東海地震は「大震法」(大規模地震対策特別措置法)という法律が出来ていて、気象庁にある判定会(地震防災対策観測強化地域判定会)が「予知宣言」を出し、それによって新幹線も東名道路も、デパートやスーパーの営業も止めることになっている。

 この地震予知が可能かどうかは強く疑われているが、阪神淡路大震災(1995年)が起きたあとも、また東日本大震災(2011年)が起きたあとも、政府の公式見解は「東海地震だけは予知できる」というものだ。

 しかし、なにか前兆風のものが見つかって、いったん「宣言」が出されてから、すぐに大地震が来なかったらどうするのか、その方針は決まっていない。宣言を取り消せる科学的な根拠や方程式はなにもないからだ。

 新幹線や東名道路が止まり、静岡県などが孤立した状態は、経済的にも人心にも打撃が大きい。それを何日も続けるわけにはいくまい。

 こうして判定会の科学者や気象庁の委員が、迷いながらでも、渋々でも、「宣言の解除」を出す。

 しかしそのあとで大地震が襲ってきたら・・。イタリアとまったく同じことが起きるに違いない。

3:大震法成立のころの地震学者

 この『なゐふる』の11月からの大震法特集を見ても、ほとんどの地震学者は、地震予知はできないと言明している。

 だが、大震法が成立した1978年前後には、内心ではそう思いながらも、けして表面には出さない地震学者ばかりだった。地震学会の中でもまったく議論がなかった。いまでも色濃く残っているが、学会の体質は「なかよしクラブ」なのである。それゆえに地震予知を前提にした大震法が法律として成立したのである。

 好意的に考えれば、当時の観測は不十分で、観測網が増えてデータが充実すれば、地震予知はできるかも・・と思っていたフシがある。

 だが、その後の現実は、この希望をうち砕いた。希望的な予測に反して、地震予知は思ったよりも進まなかったのだ。米国のサンアンドレアス断層での、世界でもっとも成功しそうだった地震予知も失敗した。

 もちろん、学問はある程度は進んだ。地震が「演劇」だとすると、どういう舞台に役者が出演するのか、ということはかなり分かってきたのだが、いつ、どんな形で「役者」が出てくるのかは、まだまだ、正確にはわからない。

4:世間の期待とメディアの役割

 一方、地震予知の対する世間の期待は大きい。それを学者も、それを「利用」してきた。いわば、人々の期待を人質に取っていたから出来たことなのである。

 たとえば地震予知研究は各省庁の研究機関が別々に予算申請する仕組みだ。財務省が次年度の予算査定の季節、つまり毎年夏から秋にかけて、各省庁の機関では地震予知研究の成果の「大本営発表」が目立つ。予算配分への影響を狙ってのことだ。

 こうして、地震予知は各省庁の金づるになってきた。文科省でも同じだ。普通は、各大学の内部で順番をつけるべき研究予算だが、地震予知だけは別枠という特別待遇も、この法律のおかげである。

 地震予知成功の発表は各省庁にある記者クラブで発表され、これらの宣伝は、メディアに乗って全国に流れた。かつては、旧ソ連や中国でうまくいったと報じられた手法を取り入れて、日本でも同じような前兆が捉えられたという、いまから見れば怪しげな結果も、堂々と各官庁から発表されていた。

 かくて、新聞もテレビも「地震の前に起きた現象をひとつ見つけただけの」前兆(かもしれないもの)の報告を「地震予知の成功」とセンセーショナルに報道した。科学者を「増長」させた一因はメディアにもあったというべきであろう。

 地震予知だけではない。新薬や病気の新しい治療法の発表など、国民を人質に取った科学の報道は、針小棒大になりがちである。

 一般の人々は「なるほど、前兆はこんなに捉えられているのか、それでは地震予知技術の完成は近いな」と思いこまされた。

 私たち地震学者から見て不満だったのは、本来メディアの命であるはずのチェック機構が地震予知研究には働かなかったことだ。

 メディアにも事情があったのだろう。裏をとろうにも、評価できるのは同じ学会に属する科学者仲間しかいない。それゆえ客観的で厳しい評価にはなりにくい。

 他方、科学者の側にも事情がある。他人の研究に厳しい評価をしたことが報じられたり、報じられなくてもいずれ知れわたると、将来の昇進や研究費の配分にも響きかねないのが科学者の世界なのである。

 もちろん、これは科学者やメディアだけの問題ではない。地震予知だけの問題でもない。科学をめぐるメディアと科学者の問題は根が深いのである。

5:学会としての責任

 医学関係のいくつかの学会は、学会としての社会的な責任を自覚して、的確に社会的な発言をしている。これに対して、地震学会は、社会的な責任から逃げることばかりを考えてきている。たとえば阪神淡路大震災のときも、声明ひとつ出せなかった。また東日本大震災のときも、1年以上遅れて、しかも「ガス抜き」のような集会しか組織できなかった。

 地震学は、天文学や数学のように社会的な責任を感じなくてもいい学問ではない。学問として、どこまで分かっているのか、どこがまだ分かっていなくて、それをどう追究しようとしているのか、をふだんから対外的に正直に発信していくことが必要なのだ。

6:大震法の延命か、地震学者の「再生」か

 「南海トラフで発生する地震の規模や連動性は多様であること、地震発生時期を確度高く予測することは困難。その上で、プレート間の固着状態が普段と異なる場合など、普段よりも地震の起きやすい状態となっていると判断することは可能」という線で、南海トラフも含むように範囲を広げて大震法の改訂が進んでいく可能性が大きい。

 だが、後半はまやかしである。これは希望的な予測にすぎず、法律の裏打ちになるためには、学問的にはあまりにも薄弱な「仮説」にすぎない。また、先輩が作った法律をなんとか延命させたい役人にとっては、重要な拠り所になる文言にちがいない。

 科学としては、どんな仮説も進歩のためには必要であろう。しかし、いままでに一般の人や政府をたびたび騙してきた「地震予知幻想」の張本人である地震学者としては、「科学者の中で議論する仮説」と「対社会的に、ここまでは確かだと言える科学的事実」とを明確に区別すべきである。それが、世間から信用されなくなってしまった地震学者の再生の第一歩であろう。

 「地震予知が可能であるという前提」の許で出来た大震法は、小手先の変更では、社会にも、そして科学者自身にも、むしろ害を生むだけなのである。

この文章の記事


この記事に反論が出て、その再反論を書きました。

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